東京高等裁判所 平成3年(ネ)1385号 判決 1992年3月25日
控訴人 馬目忠恕
被控訴人 株式会社ミツオカ
右代表者代表取締役 三岡廣志
右訴訟代理人弁護士 細川律夫
同 金室和夫
同 中村明夫
主文
一 原判決中控訴人に関する部分を次のとおり変更する。
1 控訴人は、被控訴人に対し、金一九三三万五四三六円及び内金一七〇八万〇六四八円に対する平成三年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、第二審とも、控訴人の負担とする。
三 この判決は、右一の1に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の申立て
一 控訴人
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 右取消部分につき、被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、第二審とも、被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 原判決中控訴人に関する部分を次のように変更する。
控訴人は、被控訴人に対し、金一九三三万六〇八八円及び内金一七〇八万〇六四八円に対する平成三年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。(右は原審における請求を減縮するものである。)
3 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二当事者の主張事実
一 請求原因
1 訴外酒井玄永(以下「玄永」という。)は、原判決添付物件目録記載の各土地(ただし、所在の表示は換地処分前の表示である。以下「本件土地」という。)及び同記載の各建物(ただし、所在の表示は換地処分前の表示である。以下「本件建物」という。)を所有していた。
2 訴外酒井桂子(弁論分離前の原審相被告。以下「桂子」という。)は玄永の子であり、訴外酒井光弘(弁論分離前の原審相被告。以下「光弘」という。)は桂子の夫である。
光弘は、昭和五九年二月ころ、玄永が病気で入院中に、玄永に無断で同人の実印及び印鑑登録証明書を使用し、被告及び訴外石井敏裕(弁論分離前の相控訴人。以下「石井」という。)各作成に係る不動産登記法四四条所定の保証書(以下「保証書」という。)を利用して、司法書士である訴外山中勝一(原審相被告。以下「山中」という。)に対し、本件土地について桂子と玄永間の売買を原因とする玄永から桂子への所有権移転登記の登記申請手続を委任し、山中は、右の委任に基づいてその申請を行い、本件土地について原判決添付登記目録記載の各登記(以下「本件登記」という。)が経由された。また、光弘は、別の司法書士に対し、玄永に無断で本件建物についての桂子を所有者とする保存登記の登記申請手続を委任し、その申請により原判決添付登記目録記載の各所有権保存登記がなされた(本件土地及び建物について経由された右の各登記を総称して「本件不動産登記」という。)。
3 桂子は、昭和五九年六月一〇日ころ被控訴人に対し、本件土地及び本件建物の桂子所有名義の登記簿謄本を示し、「桂子所有の本件土地及び建物に第一順位の抵当権を設定するので金二五〇〇万円を貸してほしい」旨の申込みをした。被控訴人は、本件土地及び建物が桂子所有名義で登記されていることから、これが真実桂子所有の物であると信じて、同月一三日に桂子との間で被控訴人が桂子に金二〇〇〇万円を貸し渡す旨の金銭消費貸借契約を締結した上、本件土地及び建物について右貸金債権を担保するための極度額金二八〇〇万円の第一順位の根抵当権を設定する旨の根抵当権設定契約を締結し、同根抵当権設定登記手続を桂子に委任したところ、福島地方法務局小名浜出張所昭和五九年六月一四日受付第四三一二号をもって、その登記が経由された。
そして、被控訴人は、同月二〇日に桂子から本件土地についての右根抵当権設定登記の登記済証及び同登記の記載のある登記簿謄本の提示、交付を受けて、同人に対し、返済期限を同年八月一七日と定めて金二〇〇〇万円を交付して貸し渡した。
4 ところが、桂子は右約定の返済期限が徒過しても右金二〇〇〇万円を返済しなかった。
5 玄永は、昭和五九年八月下旬ころ被控訴人を被告として、本件土地及び建物の所有権に基づき、本件土地及び建物につき前記根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める訴えを提起した(以下、この訴訟事件を「別件訴訟」という。)。
被控訴人は、本件土地及び建物が真実は玄永の所有に属し、桂子の所有ではなく、したがって、前記根抵当権設定登記が無効であることが判明したので、昭和六三年一〇月二〇日に玄永との間で、被控訴人が玄永から解決金三五〇万円の支払いを受けるのと引換えに右登記の抹消登記手続をする旨の訴訟上の和解をし、玄永から金三五〇万円の支払いを受け、右登記の抹消登記手続をした。
6 桂子は、前記貸金を返済せず、被控訴人は、右の事情で前記根抵当権設定登記も抹消したことから、玄永から解決金として金三五〇万円の支払いを受けたほかは右貸金の回収をすることができず、後記の損害を被った。
7 控訴人は、本件登記の申請について、右登記の登記義務者本人ではない光弘から保証書の作成を依頼されたところ、右登記義務者本人である玄永に対し、光弘への保証書作成の依頼及び受領を任せたのか等玄永に真実本件登記申請の意思があることの確認をすることなく保証書を作成した。保証書を作成する者は、当該不動産の登記義務者が本人に間違いがないことを保証するものであり、登記義務者が当該登記を申請する意思を有するか否かを直接本人に確認する義務を負うところ、控訴人はその義務を怠った。そのため、虚偽の本件登記が作出されたものである。
8 被控訴人は、このようにして作出された本件登記が記載された登記簿謄本を桂子から示されてこれを信用して、前記の貸付けをし、その結果前記6の損害を被ったものであるから、控訴人は、被控訴人に対し、民法七〇九条に基づき、被控訴人が被った右の損害を賠償する義務がある。
9 被控訴人が被った損害の額は、次のとおりである。
(一) 回収不能の貸付金相当額 金一八八八万〇六四八円
貸金二〇〇〇万円から、天引きした二箇月分の利息金一四〇万円及び桂子から昭和五九年九月二〇日に支払いを受けた一箇月分の利息金七〇万円を利息制限法所定の利息、遅延損害金の限度で充当し、その超過分を元本の弁済に充当した昭和五九年九月二〇日当時の貸金元本残債権額金一八八八万〇六四八円。
(二) 弁護士費用 金一七〇万円
被控訴人は、控訴人が右の損害賠償金を任意に支払わないので、被控訴人訴訟代理人各弁護士に本件訴訟の提起と追行を委任し、着手金として金一〇〇万円を支払い、勝訴の判決を得たときは報酬として金一五〇万円を支払うことを約したが、本件事案の内容や本件訴訟の経緯を勘案すると、右費用のうち金一七〇万円が本件不法行為と相当因果関係のある損害である。
(三) 損害の填補
(1) 金三五〇万円
右5のとおり、玄永から解決金として金三五〇万円の支払いを受けた。被控訴人はこれを右の損害賠償請求権の元本に充当した。
(2) 金三八〇万円
当審において、被控訴人と石井との間で訴訟上の和解が成立し、被控訴人は、平成三年一〇月二三日に石井から和解金として金三八〇万円の支払いを受けた。被控訴人は、これを右の損害賠償請求権元本金一七〇八万〇六四八円(一八、八八〇、六四八円+一、七〇〇、〇〇〇円-三、五〇〇、〇〇〇円=一七、〇八〇、六四八円)に対する昭和五九年九月二一日から平成三年一〇月二三日までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金合計金六〇五万五四四〇円の一部に充当した(その結果、右平成三年一〇月二三日までの遅延損害金の未払いの残額は、金二二五万五四四〇円となった。)。
10 よって、被控訴人は、控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償金として金一七〇八万〇六四八円とこれに対する昭和五九年九月二一日から(被控訴人は、原審において遅延損害金の起算日を本件貸金の返済期限の翌日である昭和五九年八月一八日と主張したが、昭和五九年九月二一日を起算日とする原判決の判断に不服はない。)平成三年一〇月二三日までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の未払い残額金二二五万五四四〇円との合計金一九三三万六〇八八円及び内金一七〇八万〇六四八円に対する平成三年一〇月二四日から支払い済みまで右年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する控訴人の認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、玄永、桂子及び光弘の身分関係及び控訴人及び光弘は、昭和五九年二月ころ、被告及び石井各作成に係る保証書を利用して山中に対し、本件土地について桂子と玄永間の売買を原因とする玄永から桂子への所有権移転登記の登記申請手続を委任し、山中は、右の委任に基づいてその申請を行い本件土地について本件登記がなされるとともに、本件不動産登記がなされたことは認めるが、その余の事実は不知。
3 同3ないし6の事実はいずれも不知。
4 同7の事実のうち、控訴人が本件登記の申請について、同登記の登記義務者ではない光弘から保証書の作成を依頼されたこと、右登記義務者本人である玄永に対し、光弘への保証書作成の依頼及び受領を任せたのか等玄永に真実本件登記申請の意思があることの確認をすることなく保証書を作成したことは認めるが、控訴人が登記義務者に対し、当該登記を申請する意思を有するか否かを直接本人に確認する義務を追うところ、控訴人はその義務を怠ったとの主張は争う。
控訴人は、玄永の子である桂子とその夫の光弘から、本件土地及び建物を担保にして事業資金の融資を受ける必要があり、このため、同土地及び建物の所有権にいて桂子に移転登記することを玄永において承諾しており、同人は高齢でアルコール依存症であり、入院中であるため所有権移転登記済証の所在がわからないとして、保証書の作成を依頼され、桂子が作成した迷惑を掛けないとの誓約書の交付も受けたことからこれを信用して、しかも、無償で保証書の作成に至ったものである。このような事情のもとにおいて、しかも登記申請を委任された司法書士でさえも玄永本人に対する意思確認をしてないことから、控訴人において、本件登記申請が玄永の意思によるものであることは間違いがないと判断して保証書を作成したものであり、当該不動産の登記義務者が本人に間違いないことの確認方法は尽くしているから、右の判断に過失はなく、控訴人が保証書を作成するについて、被控訴人主張の注意義務の懈怠はない。
5 同8の主張は、争う。
控訴人が作成した保証書は、玄永から桂子への本件登記の登記申請についてのものであり、被控訴人の根抵当権設定登記の申請についてのものではないから、控訴人は、玄永に対してはともかく、被控訴人に対しては不法行為の責任を負うことはない。
6 同9の主張は、争う。
第三証拠<省略>
理由
一 玄永が本件土地及び本件建物を所有していたこと、桂子が玄永の子であり、光弘が桂子の夫であること、光弘は、昭和五九年二月ころ、被告及び石井各作成に係る保証書を利用して山中に対し、本件土地について桂子と玄永間の売買を原因とする玄永から桂子への所有権移転登記の登記申請手続を委任し、山中は、右の委任に基づいてその申請を行い本件土地について本件登記がなされるとともに、本件不動産登記がなされたことは、当事者間に争いがない。
そして、<書証番号略>、被控訴人代表者尋問の結果、控訴人、原審被告山中及び弁論分離前の控訴人石井各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、本件土地の玄永から桂子への所有権移転登記手続のために使用された委任状である<書証番号略>の玄永作成名義部分及び本件建物の玄永から桂子への贈与証である<書証番号略>の玄永作成名義部分は、いずれも光弘が偽造して作成したものであること、請求原因3の経緯で被控訴人が桂子に金員を貸し渡したこと、請求原因4及び5の各事実並びに請求原因6の事実のうち、桂子が右貸金の返済をせず、被控訴人は請求原因5の事情で前記根抵当権設定登記も抹消したことから、玄永から解決金として金三五〇万円の支払いを受けたほかは右貸金の回収ができないことが認められ、右の認定を覆すに足りる証拠はない。
二 そこで、控訴人の不法行為の成否について判断する。
1 前掲各証拠に原本の存在及び<書証番号略>を併せると、次の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 光弘は、昭和四八年ころに桂子と婚姻したものであるが、いわゆる郊外レストラン開業のための資金を導入したいと考え、昭和五八年一〇月ころ、焼肉料理店を経営していた石井からそのための金員を借り入れることにした。そして、そのころ、桂子と石井との間で、桂子を借主とし、石井を貸主とし、貸付額を金六〇〇万円とする金銭消費貸借契約を締結してこれを借り入れた。そして、光弘は、当時玄永がアルコール依存症等の治療のために入院中であったことなどから、玄永に無断で玄永の実印を使用して玄永作成名義を偽装して、石井との間で、玄永所有の本件土地について石井の右の貸金債権を担保するための、抵当権者を石井とし、抵当権設定者を玄永とする抵当権設定契約書を作成した。そして、本件土地についてその旨の登記が経由されたが、その登記をするについては、光弘において、本件土地の登記済証を入手することができなかったことから、知人である控訴人及び訴外二瓶孝子に保証書の作成を依頼し、その保証書による登記申請手続を山中に委任して、昭和五八年一〇月三一日に登記が経由されたものであった。控訴人は、右の保証書を作成するに当たって、玄永に登記申請の意思の有無について確認することはしなかった。
(二) 桂子は、石井に対する貸金の返済を滞り、併せて金一〇〇万円を返済したのみであった。そこで、光弘は、その事情の関係でその他の借金も嵩んできたので、それらの整理を図るべく、更に資金の導入を計画したが、そのためには本件土地及び建物を担保に供することができる態勢を整える必要があるが、本件土地及び建物は玄永の所有であることから、このままでは円滑に担保権の設定及び設定の登記手続をすることができないために、資金の導入をすることも不可能であると考え、本件土地についてこれを自分の妻で玄永の子である桂子の所有とする不実の所有権移転登記をすること及び未登記のままである本件建物についても桂子の所有とする不実の保存登記を経由することを企図した。
(三) 光弘は、昭和五九年二月ころ、司法書士である山中の事務所を訪れ、山中から所有権移転登記手続に必要な委任状、売渡証書及び保証書用の各用紙を貰った。そして、光弘は、控訴人の勤務先の会社の社長の山野辺悦弘(以下「山野辺」という。)を通じて控訴人に対して、本件土地について玄永から桂子に対する所有権移転登記申請についての保証書の作成を依頼した。控訴人は、山野辺から、「桂子の父の玄永が入院していて権利証の行方が分からないので保証書を作る保証人になってくれ。」と依頼された。控訴人は、桂子及び光弘の夫婦の顔は良く知っており、桂子が玄永の子であることも知っていた。控訴人は、桂子及び光弘からも直接、玄永が入院していて権利証の所在が分からないので桂子に対する所有権移転登記をするについて保証書が必要なので、保証書を作成してもらいたい旨、保証書の作成を依頼された。そして、控訴人は、桂子及び光弘が玄永の実印まで渡されているので大丈夫などと言って依頼したが、後日事件に巻き込まれることを心配して、自分には迷惑を掛けないという確定日付のある誓約書を出すように要求して、保証書の作成に応じることとした。控訴人は、このようにして、玄永と光弘との異同を知りながら、玄永に対して本件登記の申請が玄永の意思に基づくものであるかどうかはもとより、光弘に右保証書の作成とその受領を任せたか否かについても何らの確認をしないままに、保証書を作成した。その後、控訴人とは別に保証書の作成を依頼されていた石井も、控訴人が作成した保証書の控訴人の署名部分に続けて署名して保証書を作成した。なお、その後、桂子から控訴人宛に、「玄永から桂子への名義変更についての保証書を作成して貰ったが、この件についての責任は自分が取り、控訴人には迷惑を掛けない。」旨記載した昭和五九年二月一〇日の確定日付のある桂子作成の誓約書が差し入れられた(控訴人が本件登記の申請について、同登記の登記義務者ではない光弘から保証書の作成を依頼されたこと、右登記義務者本人である玄永に対し、光弘への保証書作成の依頼及び受領を任せたのか等玄永に真実本件登記申請の意思があることの確認をすることなく保証書を作成したことは、いずれも当事者間に争いがない。)。
(四) その後光弘は、控訴人と石井作成の各保証書、玄永作成名義を偽造した売渡証書及び委任状、玄永の実印、その印鑑証明書、住民票謄本、資産証明書等を山中の事務所に持参し、山中は、光弘が持参した委任状等の形式的真正を確認し、右の各書類を添付書類として本件登記申請をし、本件登記が経由された。
光弘は、その後本件建物についても桂子名義での所有権保存登記の申請も山中に委任しようとしたが、山中は、本件登記の完了後に、光弘が玄永本人ではないことを確定的に知り、光弘に不審を抱いていたことから、これを断った。そこで光弘は、本件建物の桂子名義での所有権保存登記申請を他の司法書士に委任して、その登記を経由させ、ここに本件土地及び建物について本件不動産登記が経由された。
(五) 光弘は、昭和五九年六月一〇日ころ、桂子所有名義の登記が作出された本件土地及び建物を担保に桂子が金員を借り入れる融資先を探していたが、知人の紹介により、この話が被控訴人に伝わり、被控訴人は、本件土地及び建物の担保価値に着目して、これを担保として桂子に融資することを決めた。被控訴人は、本件土地に設定されている石井を抵当権者とする前記抵当権設定登記を抹消して、被控訴人のために第一順位の根抵当権を設定する旨の申し出を受けたことから、被控訴人の代表者である三岡廣志(以下「三岡」という。)は、昭和五九年六月一三日に本件土地及び建物の担保価値等を調査するためにいわき市を訪れ桂子及び光弘と会って、桂子から本件土地及び建物が桂子の所有であるとの確認を得た上、本件土地及び建物の所在地に赴いて現物を確認し、いわき市内の不動産業者から本件土地及び建物の価格について聞き取り調査をし、その価格を金三〇〇〇万円程度と評価して、桂子からの融資申込金額を担保するに足りる価値があることを確認した。そして、桂子、光弘、石井の妻及び三岡が会合して、石井の前記抵当権設定登記の抹消の条件等の調整をし、先ず、被控訴人と桂子との間の根抵当権設定契約を締結し、その設定登記がなされたことを確認してから金二〇〇〇万円を被控訴人から桂子に貸し渡すことを合意し、その登記申請手続を桂子に任せた。
(六) そして、桂子が被控訴人のための前記根抵当権設定登記を経由した上、昭和五九年六月二〇日に桂子、光弘及び石井が右根抵当権設定登記の記載がなされた登記簿の謄本及びその登記済証を持参して被控訴人の事務所に赴き、同事務所において、桂子と被控訴人との間で、貸付金額を金二〇〇〇万円とし、利息を年一割五分、遅延損害金を年三割とし、返済期限を昭和五九年八月一七日との約旨の金銭消費貸借契約を締結し、次いで光弘と被控訴人との間で光弘が桂子の右の債務を連帯保証する旨の連帯保証契約を締結した。そして、右各契約について公正証書を作成した上、被控訴人から桂子への貸付金が交付された。被控訴人から桂子に交付された貸付金の金額は、月三分五厘の利率による二箇月分の利息金一四〇万円を貸金二〇〇〇万円から天引きした金一八六〇万円であった。桂子はこの中から石井に対し、同人に対する貸金債務の残金相当額を支払った。
その後、桂子は、昭和五九年九月二〇日に一箇月分の利息金七〇万円を支払ったが、その後は利息及び元金の返済を全くしなかった。
(七) その後、玄永は、昭和五九年八月下旬ころに別件訴訟を提起した。本件土地及び建物が真実は玄永の所有に属し、桂子の所有ではなく、したがって、前記根抵当権設定登記が無効であることが判明したので、被控訴人は、昭和六三年一〇月二〇日に玄永との間で、被控訴人が玄永から解決金三五〇万円の支払いを受けるのと引換えに右登記の抹消登記手続をする旨の訴訟上の和解をし、玄永から金三五〇万円の支払いを受け、右登記の抹消登記手続をした。桂子及び光弘は本件貸金の返済をしないし、右の両名には資産もないので被控訴人は本件貸金の回収をすることができない。したがって、被控訴人は、昭和五九年九月二〇日に本件貸金の残金の回収が不能となり、未回収分相当の損害を被った。
以上の各事実を認めることができる。
2 ところで、不動産登記法四四条が登記義務者の権利に関する登記済証が滅失したときは申請書に登記義務者の人違いなきことを保証した書面を添付することを要するとしたのは、これにより登記義務者として登記の申請をする者が登記簿上の権利名義人と同一人であって、登記申請がその意思に出たものであることを確かめることによって不正の登記を防止し、登記の正確性を維持しようとする趣旨に出たものと解すべきであるから、同条の「登記義務者ノ人違ナキコト」の保証とは、登記申請書に登記義務者と表示されている者が真実当該登記申請の意思を表明していることを確認し、保証することを意味するものというべきである。したがって、保証人は単に申請名義人が登記簿上の権利名義人と符合するというような形式上においてのみならず、現に登記の申請をする登記義務者と登記簿上の権利義務者が事実上同一人であることを確知してこれを保証することを要するのであって、代理人による登記申請をする場合においては、その本人が登記簿上の名義人と符合することは勿論、その代理人が正当なる代理権を有するものであることをも確知する場合でなければ、保証をすることができないものというべきである(大審院昭和二〇年一二月二二日第四民事部判決民集二四巻一三七頁参照)。
したがって、登記申請が登記義務者の使者又は代理人によってなされる場合に保証書を作成しようとする者は、当該使者若しくは代理人なる者が真実登記義務者の使者若しくは代理人であるかを善良なる管理者の注意義務を払って確認する義務があるものというべきであって、右の注意義務を怠ったためにその同一性を誤り、第三者に損害を与えた場合にはその損害を賠償する義務があるものと解すべきである。
3 これを本件についてみるに、前記認定の事実によると、控訴人は、本件土地の登記済証の所在が分からないとして控訴人に保証書の作成を依頼したのが登記義務者である玄永ではなく、光弘であることを認識していながら、その登記申請について光弘が玄永の使者若しくは代理人であることについて、玄永に対して直接確認するなどの方法を何らとらないままに、保証書を作成したものであって、控訴人が桂子及び光弘から前記認定のような説明を受けていたこと、保証書を作成するについて何らの財産的利益を受けていないこと及び桂子から確定日付のある誓約書を徴していることを考慮しても、控訴人は保証書を作成する者に要求される前記注意義務を尽くしたものということはできず、控訴人には前記の注意義務違反があるといわなければならない。
そして、前記認定の事実によると、控訴人及び石井の作成した保証書が必須の要件となって(不動産登記法四四条は、成人二名以上の保証書を要求している。)不実の本件登記が作出され、被控訴人においてその登記を信じ、本件土地の担保価値に着目して、前記根抵当権設定登記が経由されていることを確認してから、桂子に前記貸付けを実行したものであり、不動産登記に公信力はないものの、その表示は我が国における取引一般にとって極めて重要な資料として取り扱われていることに照らすと、被控訴人が本件登記とそれを前提とする前記根抵当権設定登記を信用して行った桂子への貸付の回収が不能となった分については、控訴人の右保証書の作成による不実の本件登記の作出と相当因果関係のある損害というべきである。したがって、控訴人は、被控訴人に対し、民法七〇九条に基づき右の損害を賠償する義務があるというべきである。
なお、控訴人は、控訴人が作成した保証書は、本件登記の登記申請についてのものであり、前記根抵当権設定登記の申請についてのものではないから、控訴人は、玄永に対してはともかく、被控訴人に対しては不法行為の責任を負うことはないと主張するが、前記根抵当権設定登記は、本件登記が無効である以上は当然に無効となって存続することはできないものであるから、控訴人が不実の本件登記を作出した責任を負うべきである以上、被控訴人に対して不法行為責任を負うことを免れることはできないというべきである。
さらに、控訴人は、本件建物についての不実の保存登記の作出には何らの関与をしていないのであるが、本件土地及び建物の中に占める本件土地の担保価値は大きいし(土地と建物が同一人の所有に属する場合においては、一般にそのように解されていると考えられる。)、桂子が本件建物について前認定の保存登記を経由したのは、土地と建物の所有者が同一であった方が良いとの考えによるものである(前掲<書証番号略>)からに過ぎないのであって、桂子及び光弘はもとより被控訴人も本件建物の担保価値にはさほど着目していなかったことが弁論の全趣旨により認められるので、被控訴人としては、本件土地について本件登記が経由されていなかったとすれば、本件の融資はしなかったものと推認されるから、控訴人が本件建物についての不実の保存登記の作出には何らの関与をしていないとの事情は、控訴人の不法行為責任の存否及びその範囲を定めるについて考慮すべきではない。
4 そこで、控訴人の本件不法行為により、被控訴人が被った損害の額について検討する。
(一) 回収不能の貸付金相当額 金一八八八万〇六四八円
被控訴人が昭和五九年九月二〇日に本件貸金の残金の回収が不能となり、未回収分相当の損害を被ったことは、前記1の(七)において認定したとおりである。そして、被控訴人は、昭和五九年六月二〇日に桂子に対し、月三分五厘の割合による二箇月分の利息金一四〇万円を貸金二〇〇〇万円から天引きした残額金一八六〇万円を交付し、桂子から同年九月二〇日に右同率による一箇月分の利息金として金七〇万円の支払いを受けているから、これによると、桂子が約定の返済期日である同年八月一七日に返済すべき貸付金は利息制限法二条により残元本金一九〇四万九七五四円〔二〇、〇〇〇、〇〇〇円-(一、四〇〇、〇〇〇円-一八、六〇〇、〇〇〇×〇・一五×五九÷三六六)=一九、〇四九、七五四円〕となり、同年九月二〇日までの約定の年三割の割合による遅延損害金は金五三万〇八九四円〔一九、〇四九、七五四円×〇・三×三四÷三六六〕となり、前記支払いのあった金七〇万円をこの遅延損害金に充当した残金を右の元本の支払いがあったものとして残元本に充当すると、右同日において桂子の貸金残元本の額は、金一八八八万〇六四八円〔一九、〇四九、七五四-(七〇〇、〇〇〇円-五三〇、八九四円)=一八、八八〇、六四八円〕となり、これが被控訴人が本件貸金を回収することができないことによって被った損害である。
(二) 損害の填補 金三五〇万円
前記認定のとおり、被控訴人は玄永から解決金として金三五〇万円の支払いを受けたことが認められ、被控訴人は同額の損害が填補されたとして、これを損害の額から控除すべきことを自認する。
(三) 弁護士費用 金一七〇万円
弁論の全趣旨によると、被控訴人は、本件各訴訟代理人に対し、本件訴訟の提起と追行とを委任し、着手金として金一〇〇万円を支払い、勝訴の判決を得たときは報酬として金一五〇万円を支払うことを約したことが認められるところ、本件事案の内容、本件訴訟の経緯、難易度及び請求認容額等本件に現れた一切の事情を考慮すると、右弁護士費用のうち、本件不法行為と相当因果関係のある損害の額は金一七〇万円とするのが相当である。
(四) 損害賠償請求権元本の合計額 金一七〇八万〇六四八円
そうすると、未填補の損害賠償請求権の元本の価額は、合計金一七〇八万〇六四八円となる。
三 以上の認定及び判断の結果によると、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償金として金一七〇八万〇六四八円とこれに対する昭和五九年九月二一日から平成三年一〇月二三日までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の未払い残額金二二五万四七八八円(当審において、被控訴人と石井との間で訴訟上の和解が成立し、被控訴人が、平成三年一〇月二三日に石井から和解金として金三八〇万円の支払いを受けたこと、被控訴人は、これを右の損害賠償請求権元本金一七〇八万〇六四八円に対する昭和五九年九月二一日から平成三年一〇月二三日までの右年五分の割合による遅延損害金の一部に充当したことは、被控訴人において自認するところである。これを計算すると、右期間の遅延損害金の合計は金六〇五万四七八八円となり、その結果、右平成三年一〇月二三日までの遅延損害金の未払いの残額が金二二五万四七八八円となる。なお、被控訴人の主張する金額には計算の誤りがある。)との合計金一九三三万五四三六円及び内金一七〇八万〇六四八円に対する平成三年一〇月二四日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度では理由があるからその限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。
よって、原判決中控訴人に関する部分を主文一のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 渡邉等 裁判官 富田善範)